2012年10月05日

嗚呼、青春のDCブランド 〜 渋谷、原宿を歩く

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三連休の前日の金曜のこの日、用事もないのに仕事を休む。
午前中から缶ビールを開け、だらだらとしているも、
これじゃいかん、と腰を上げ、昼過ぎに家を出る。

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あてもなく山手線に乗り、降り立ったのが渋谷駅だ。
道玄坂を上がる。
渋谷プライムの中にラーメン横丁があったよな、桂花とか名代ラーメンげんこつ屋とか。
学生時代に友人に連れてこられて初めて桂花の太肉麺を食ったときは、
この世のものか、と思うくらいに美味かったな…、
生のキャベツにニンニク味の白濁したスープ、そして味の滲みた太肉(ターロー)と太い麺。
黒澤明の師匠の山本嘉次郎なんかの写真が貼ってあったな…。

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隣りの道玄坂センタービル1階にはかつて、DCブランドの雄、JUN MENが入っていた。
上の方には高松というランチバイキングの店があって、20代の頃よく来た。
地下1階には今もカレー専門店いんでいらがある。
私はいんでいらのカシミールカツカレーが好きでよく食べたものだ。
有楽町のプライムの近くにも店があったがかなり前になくなった。
それはおろか、宮下公園近くの本店もなくなったそうである。
つまり今やいんでいらはここ1店舗のみということになる。

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すぐに右に曲がり、右手の百軒店通りとつながる坂の脇にクリスタルという風俗店?がある。
ここにかつて、足しげく通ったミウラ&サンズがあった。
そう、SHIPSの前身である。
いつSHIPSになって、いつ店が無くなったかは全く覚えていないが、
この店舗が無くなってSHIPSは方向性が大きく変わったのを覚えている。

ミウラ&サンズがあったから、通称"道玄坂小路"はよく歩いた道だ。
AVIREXがあったし、とんかつ屋の勝一とかやきとり大学なんて店もあった。
未だに健在は台湾料理の麗郷とパスタの壁の穴、とりわけ麗郷はかつてと外観も変わらない。

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懐かしさの勢いで、丸井渋谷店に入る。
私のような年齢の男性は全くいなくて、ちょっと恥ずかしい。

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流行当時、DCブランドの中でも格上の存在だったmonsieur NICOLE。
高くて買えなかったし、実際何も買ったことがないように思う。
廉価兄弟ブランドのNICOLE CLUB for menも健在のようだ。

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DCブーム後期の中核ブランドだったTAKEO KIKUCHIは未だ健在で、丸の内に路面店もある。
BIGIのデザイナーだった菊池武夫が独立して起こしたと言われるブランドで、
私はここのスーツを何着か持っていた。
色遣いやデザインもあまり奇抜な感じでなく、DCブランドでは良識派だった。
ここの黄色のフランネルのスーツを着て会社に行ったこともある。
いい時代だったのだ。
モールラックなんていう系列ブランドもあったっけ。

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柴田恭平が着ているなんていって人気があったメンズティノラス。
私の身近にいた先輩もここの愛好家だった。

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ABA HOUSEも健在ブランドの一つと言える。
やはり良識派だったがややビビッドな色の服も品揃えされていた。
昨今はDESIGN WORKSを展開して成功し、時代を乗り越えて頑張っている。
渋谷と原宿の間の明治通り沿いに路面店があるし、御殿場にアウトレット店がある。

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PARCOに足を延ばす。
ここにはMEN'S BIGIやその兄貴ブランドのBARBICHE、JUNの兄弟ブランドのDOMONや、
ficce UOMO、ATELIE SUB for MEN、ISSEY MIYAKEなんかがあって、日参したものだ。
特にDCブランド人気No.1だったBIGIは一番買ったブランドかもしれない。
今のPARCOにはこれら懐かしのブランドの面影はない。
なんとPARCOパート2は建物自体がない。

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中古レコードのハンターがあった辺り。今も中古レコード店がある。
ハンターは銀座ソニービルにも確かあったと思う。

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輸入盤レコード専門店のCISCOがあった辺り。
いつもウロウロしていた。
TOWER RECORDの近くにあったが、何となくCISCOの袋を持っている方がオシャレだった。
TOWER RECORDは移転し、CISCOは倒産したそう。

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宮下公園方面に戻る。
バックドロップが無くなってる!と思ったが、ファイヤー通りに移転しただけのよう。

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BEAMS PLUSが無くなってる!
ここはかつてBEAMS渋谷店だったのだ。
狭い店だったが、アメカジのカッコいい服だらけのいい店だった。
SchottのPコートを買ったの思い出す。
高校生の頃、バイトの給料が出ると、こことミウラ&サンズとCAMPSを行ったり来たりしていた。

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CAMPSがあった辺り。
アメカジのインポートショップだったが、BEAMSやミウラ&サンズよりちょっと安めだった。
もうかなり昔になくなった。

高校、大学の頃、友達や、洋服好きの弟と渋谷の洋服店巡りをした。
BEAMS、BACKDROP、ミウラ&サンズ、CAMPSに加え、西武B館地下、PARCO、
道玄坂のJUN MENに宮下公園から宮益坂上に行く途中のARBATAXなどなど。
丸井には社会人になってから、セールの時にスーツを買うために行くようになった。
学生の頃はDCブランドは高くてあまり買えなかった。

そして若き日と同じように、原宿方向に歩く。

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ラフォーレ原宿やビブレもDCブランドブームの聖地だったが、
どんなブランドが入っていたか全く覚えていない。あまり来なかったかもしれない。

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BEAMS1号店があったという場所は今はRAY BEAMSとなっている。
この辺りにはVAN、メンズフランドルなんかもあったと思うのだが、正確な場所は覚えていない。
SHIPSもこの辺りにあったはずだ。

ここからバスで新宿に行き、丸井メンズ館に行く。
やはり私のような年齢の男性客はおらず、店員が変な人を見る目で私を見る。

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老舗DCブランドのJUN MEN。
最近は丸の内界隈のBASSET WALKERが相次いで閉店し、心配されるところだ。
私は若い頃はデザイン性の高い服が少なくてあまり買わなかったが、
30代後半で大幅なダイエットに成功した後、軽井沢のアウトレットでここのスーツを買った。
光沢のあるCANONICOの生地で、周囲から、高そうなスーツ、とよく言われた。
同時期にABA HOUSEでスーツを買ったのを覚えている。

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社会人になってからよくスーツを買ったTETE HOMME(テットオム)。
REAL STATEMENT TETE HOMMEと名乗っているよう。
色遣いがちょっと変わっていて色気があって、なのに値段がさほど高くないのが良かった。
アウトレットなんかで全く見かけないので、無くなったかと思っていた。
ここのオフホワイトのスーツを着て会社に行っていた。
いい時代だったのだ。

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人気の一角MEN'S MELROSEはよく行ったPARCOや渋谷西武などに無かったため、
一度も買うことはなかった。
高価で、MEN'S BIGIのライバルみたいなイメージだった。
ここの袋を小脇に抱えて街を歩いている人が多かった。

さて、なぜDCブランドの今を歩いてみようと思ったかというと、

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これは青山のWebのスーツ紹介の画面だ。
最近、いくつかの洋服量販店の折込広告で、DCブランドの今を目の当たりにしたからだ。
PAZZO、PARSONS、MR.JUNKO、Yin&Yan、GRASS MENS、ficce、KANSAI MAN、PASHU、
などのスーツが、青山やコナカ、サカゼンなどで売られているのである。

PAZZOなんて6万円くらいする革のスタジャンが欲しくて、何度も店に見に行った。
ficceはビートたけしが着ていて、カラフルなニットは高嶺の花だった。
GRASS MENSの緑のメルトンジャケットもそうだ。
しかし時代は変わるし、いつまでも流行っているわけがないから、生きるためには仕方ない。
過去が華々しく雲の上の存在だったから、
今の凋落ぶりは悲しくもあり、一方でざまあみろ的な痛快さもある。

アーストンボラージュ、K-Factory、SCOOP MAN、ロートレアモン・メン、MEN'S BATSU、
トキオクマガイ、Peyton Place for MEN、DUPLEX、POSH BOY、BASCO…。
DCじゃないが、ナムスビー、イエスターモロー、CREWS…。

二大ブランドと言われた一方のコムデギャルソンは唯一未だトップブランドとして健在、
もう一つのY'Sは上記のブランド達と同じ、過去のものとなった。

まだ懐かしき青春のDCブランドの残骸があるうちに、その遺跡を練り歩いてみたかったのである。
移り変わりの早い渋谷や原宿のような街ほど、かえって記憶を呼び起こす楽しみがあり、
懐かしさに浸れるのかもしれない。
posted by こここ at 17:30| 観光・散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする