2015年03月31日

ホープ軒(白金高輪)…バブル時代が心のふるさと

ホープ軒
齢のせいか、或いは精神的に弱くなってきたのか、
最近昔の懐かしさに浸ろうという気持ちになることが多い。
数日前に「地獄の黙示録」のDVDを衝動買いしたりもした。
若かりし頃、何度も行きながら一度も美味いと思ったことのないホープ軒に、
何故か無性に行きたくなる。
古川橋の店に行く。

ホープ軒
店頭の券売機の前に立つ。
大盛は確かとんでもない大きさの器で出て来る記憶がある。
ふつうのラーメン700円の食券を買い、店に入る。

ホープ軒
平日午前11時ちょうどくらいの入店で先客はなし。
ただ私の後に男性一人客が4人ほど続けて入ってきた。

ホープ軒
ホープ軒に来るのは8年ほど前に千駄ヶ谷の本店に行って以来である。

ホープ軒といえば現存する東京とんこつ背脂チャッチャ系の代表的存在だ。
この系統の原点は難波二三夫という人が1934年に錦糸町で始めた貧乏軒という屋台だ。
あっさりスープが主流の中、豚骨こってりスープが人気となり成功、
やがて「ホームラン軒」という名で多店舗展開するが、これが失敗し、
難波氏は一旦すべてを手放さざるを得なくなったという。

再起をかけた難波氏は103台の屋台ラーメンを運営するホープ軒をスタート。
麺は難波氏が提供し、スープは屋台主がそれぞれ作っていたという。
この屋台主の中に、千駄ヶ谷ホープ軒の創業者、牛久保英昭氏がいたのだ。
他に香月、弁慶、土佐っ子、村山ホープ軒の創業者もいたという。
難波氏自身も吉祥寺にホープ軒本舗を開業している。

香月から派生した涌井、丸富、そして涌井から派生したえるびす、
土佐っ子から派生した平太周などの孫弟子店もホープ軒系ということになる。
関西に派生した希望軒というラーメンチェーンもあるそうだ。
尚、野方ホープはホープ軒系とは直接的なつながりはないよう。
(以上、出典:2009東京ラーメンマップ「やっぱラーメンでしょ!」

ホープ軒
薀蓄はさておき、卓上には辣醤、おろしにんにく、酢、醤油タレが置かれる。

ホープ軒
ラーメンの出来上がり際にネギが入った器が卓上に出される。

ホープ軒
注文から6〜7分ほどでラーメンが出来上がってくる。
昔は出来上がってくると豚骨の臭みがフワッと湧き立ったが、それはない。
太めの麺、もやしにメンマに脂身たっぷりの煮豚チャーシュー、そして背脂。
見た目は昔のホープ軒のラーメンそのものだ。

ホープ軒
食べる。
あれ?おかしいな。
臭くてたまらなかった獣肉臭、スープのなんとも言えぬクセが感じられない。
なんだか随分味が丸くなっていて、むしろ物足りないくらい。

ホープ軒
麺は相変わらずの独特のコシ、そしてゴワゴワした食感だ。

ホープ軒
ネギと醤油タレと辣醤を投入する。
辣醤は味噌に刻んだ唐辛子を加えたものだそうだ。
一気にスープにパンチが加わり美味くなる。

懐かしさに浸りたいだけのために行ったのだが、
昔よりもだいぶ食べやすくなっているのにビックリした。
バブル時代の思い出が薄れゆくのはさびしいから、
香月や土佐っ子や名代らーめんげんこつ屋のようになってほしくない。
いずれ夜に来ておろしにんにくをたっぷり入れて食べたい。

ホープ軒 古川橋店ラーメン / 白金高輪駅

昼総合点★★★☆☆ 3.4

ラベル:ラーメン
posted by こここ at 13:46| Comment(0) | 港区 その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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